【公演レポート】廣瀨紀衣フルートリサイタル

【公演レポート】廣瀨紀衣フルートリサイタル

2024年03月08日

文筆家・評論家・音楽ファンなどそれぞれの視点から、主催公演を実際に鑑賞して記されたレポートをWEB上で共有するコーナー。今回は、とよなかARTSワゴンアーティストバンク登録アーティストで、レジデントアーティストの先輩でもあるピアニスト中嶋奏音さんより、「廣瀨紀衣フルートリサイタル」のレポートが寄せられました。

                  ―2024.2.9(金) 19:00開演 豊中市立文化芸術センター 小ホール

Photo by Tonko Takahashi

 今年度、地域における創造的で文化的な表現活動のための環境づくりに特に功績のあった公立文化施設を顕彰する地域創造大賞(総務大臣賞)を受賞した豊中市立文化芸術センター。その受賞理由のひとつに、演奏家と市民コーディネーターの育成を目的とした人材育成事業「とよなかARTSワゴン」があります。フルーティストの廣瀨紀衣さんは、この事業のレジデントアーティスト第3 期生で、2022年4月より「とよなかARTSワゴン」の一員として活動しています。2年間の任期の中でさまざまな活動を経験し、その集大成として2月9日にリサイタルを開催しました。

 リサイタル当日、プログラムを開くとプログラムノートに加えてそれぞれの作品に「ヒロセのひとりごと」という紀衣さん自身の思いやエピソードが綴られていました。その作品に出会った経緯やこんな風に演奏したいという表現者としての思いなど、「ひとりごと」を共有することでまだリサイタルが始まっていないのに、すでに紀衣さんと聴衆との距離がグッと縮まっているように感じました。

 定刻の19時、拍手に迎えられピアニストとともに登場した紀衣さん。イギリスの作曲家J. ラターの「《古風な組曲》よりⅡ.オスティナート」を軽快に演奏し、これから始まる音楽の時間がより楽しみになる幕開けとなりました。ここで紀衣さんはお客様へ向け、“レジデントアーティストとして活動してきた2年間の集大成として、豊中での音楽活動を経て気付いたフルートの強みや紀衣さん自身の強みと弱みを含め、これまで大事にしてきたものと豊中で届けてきた音楽を楽しんでもらいたい”と語りました。豊中で届けてきた音楽を特に象徴するのが、2曲目にハープとともに演奏したG.ビゼー作曲の「《アルルの女》第2組曲より Ⅲ.メヌエット」です。この曲は北大阪急行 千里中央駅の夏の発車メロディに起用されています。「とよなかARTSワゴン」の活動のひとつに“ふれアート”という豊中市内の小学校に出向いてこどもたちに音楽を届ける事業があり、千里中央駅を最寄り駅とする学校でのプログラムに取り入れたそうです。普段何気なく耳にしている音楽を生演奏で聴けたことは、こどもたちにとって豊中にまつわるアートに触れるきっかけになったに違いありません。次に演奏した映画『ゴッドファーザー』の〈愛のテーマ〉で知られているN.ロータ作曲の「フルートとハープのためのソナタ」は、2つの楽器の音が重なり合い優しくホールを包み込みました。特に第3楽章はフルートの高音が透き通るように響き、ホールを見渡しながら堂々と演奏する姿はまさに紀衣さんの強みそのものでした。プログラム前半の締めくくりに選んだ作品は、S.カルク=エラート作曲の「シンフォニッシェ・カンツォーネ」。この曲はちょうど2年前に、今回のリサイタル会場である小ホールで行われたレジデントアーティストのオーディションで演奏した思い入れのある1曲と語ります。紀衣さんがドイツ留学中に出会った作品で、作曲家が楽譜にドイツ語で、こうしてほしいという想いや表現記号をたくさん残しています。それらを汲み取りながら多彩に表現しつつ、カデンツァではメリハリの効いた音運びやトリルの繊細さが光る見事な演奏でした。

Photo by Tonko Takahashi

 後半のプログラム冒頭は暗闇のステージで始まりました。スポットライトの灯りが照らしたのは1本のフルートと紀衣さんだけ。一体今から何が始まるのか、息を飲むような静寂の中、聴こえてきたのは機関車が走っているような音でした。特殊奏法をいくつも使い、聴く人によって感じ方もイメージする風景も異なる面白いこの作品の正体は、イギリスの作曲家I.クラーク作曲の「グレート・トレイン・レース」です。フルートの印象をガラッと変える、新たなフルートの強みをスマートに披露しました。圧倒された雰囲気から一変、この後のプログラムはフランス色溢れる作品で構成されました。Ph.ゴーベールの「シシリエンヌ」を儚さともの悲しさを漂わせながら優雅に、C.ドビュッシーのピアノ独奏曲である「亜麻色の髪の乙女」をフルートで甘く表現しました。後者はフルートがあまり得意としないDes音(レのフラット音)で始まる作品ですが、それをフルートの弱みとして捉えるのではなく、まどろみのある音として空間に解き放った響きが、聴衆の耳に心地よく伝わっているように感じました。
 あっという間に時間は過ぎ、最後に演奏したのはM.ボニスの「フルートとピアノのためのソナタ」。この作品はフルートとピアノが対話しているように聞こえるのが特徴で、誰かと一緒に演奏することが至福と語る紀衣さんにとってお気に入りの1曲であり、リサイタルで必ず演奏したいという強い思いから選曲されました。第1楽章はフルートとピアノの対話が散りばめられ、第2楽章は風を切るように軽快に走り抜けます。哀愁漂う旋律と中間部の即興的な音楽の対比が印象的な第3楽章を経て、終楽章は推進力あふれる主題とフランス音楽らしい和声や全音階が織りなす、美しくも力強い色彩豊かな作品です。どの楽章も丁寧に音楽づくりがされていて、廣瀨紀衣の“ええとこ”が詰まった音楽でした。すべてのプログラムが終わってもアンコールの拍手が鳴りやまないほど、多くの聴衆がこのリサイタルで紀衣さんのファンになったと確信しました。

Photo by Tonko Takahashi

 帰り道に口ずさんでしまうほどお気に入りの曲に出会えた廣瀨紀衣フルートリサイタル。公演後も紀衣さんが演奏した曲が忘れられず、何度も繰り返し聴く日々が続きました。これは紀衣さんがお客様に届けたかった作品が100%しっかり届いていることを表し、改めて素晴らしいフルーティストだと感嘆しました。ここからは「ナカジマのひとりごと」ですが、MCで垣間見える関西弁や拍手に笑顔で答える姿など、チャーミングな人柄も紀衣さんの素敵ポイントです。一度聴いたら忘れられない廣瀨紀衣のフルートが、これからもさまざまな場所で奏でられることが楽しみでなりません。

中嶋奏音
豊中市出身・在住のピアニスト。「とよなかARTSワゴン」レジデントアーティスト2期生修了後、現在は、同事業のアーティストバンク登録アーティストとして、豊中市を中心にアウトリーチやワークショップなど、幅広い活動を続けている。

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