【公演レポート】センチュリー豊中名曲シリーズVol.29「待ち望んだ突然変異」

【公演レポート】センチュリー豊中名曲シリーズVol.29「待ち望んだ突然変異」

2024年05月05日

文筆家・評論家・音楽ファンなどそれぞれの視点から、主催公演を実際に鑑賞して記されたレポートをWEB上で共有するコーナー。センチュリー豊中名曲シリーズ2023年度の第4回「待ち望んだ突然変異」のレポートが、音楽ライターの逢坂聖也さんより寄せられました。

                  ―2024.3.30(土) 15:00開演 豊中市立文化芸術センター 大ホール

撮影 山本成雄

 2023年度の「センチュリー豊中名曲シリーズ」。その最後となるVol.29『待ち望んだ突然変異』を聴いた。指揮に秋山和慶、ピアノに亀井聖矢を迎えたセンチュリーの演奏は聴きごたえのあるものだったが、そのことの前に今回は、2月8日から11日、豊中市立文化芸術センターで行われた、劇団幻灯劇場公演『Play is Pray』について触れておきたい。この舞台が「センチュリー豊中名曲シリーズ」のプログラムノートに、ストーリーテラーとして物語を寄稿する劇作家の藤井颯太郎氏(幻灯劇場主宰)の作品であるからだ。

「Play is Pray」 豊中市立文化芸術センターにて2024年2月に開催

 国を超え、旅を続けながら渡り鳥を追う父と娘。その娘である“私”のモノローグを中心にストーリーは展開する。それは主にヒロイン、“イノリ”が書き綴る手紙の文章なのだが、時制はあえて整理されず、彼女の心の動きのままに置かれていたような気がする。モノローグは「鳥を追う」という純粋な情熱からいつか遠ざかり、やむなく現実を生きることとなった“イノリ”の別れと出会いを照らし出してゆく。その答えの見えない世界を藤井颯太郎と幻灯劇場の役者たちが、どこか夢の中の風景のように演じている印象があった。最後に“イノリ”にはささやかな再生が訪れる。それとともにすべての時間が心地良く動き始める。

 特筆しておきたいのはこの作品が「音楽劇」として完成されたことだ。音楽の取り扱い方がとても優れていると思った。この作品はミュージカルではない。歌を主題としたものでもない。しかし日本センチュリー交響楽団の楽団員がカルテット(ヴァイオリン1、ヴィオラ2、コントラバス1)として参加し、その演奏が大きな比重を占めている。録音も併用されているが、彼らの生演奏は劇中で大きな存在感を示し、単なるBGM以上の役割で登場人物たちの心情に寄り添う。そして彼らの表現するものと観客とをつなぐのだ。ここに私はこの作品の大きな特長を感じたし、藤井颯太郎氏の柔軟な想像力を見る思いがした。そして同時に、藤井氏が2年にわたって取り組んできた「豊中名曲シリーズ」への物語の寄稿と「声の展示」というホワイエでのパフォーマンスの、1つの結実も感じたのだ。

 2年前、初めてプログラムノートに載せられた物語やコンサートの当日の「声の展示」に接した人の中には、戸惑いを覚えた人もいたと思う。「センチュリーを聴きに来たのに、朗読って何?」みたいな感じだっただろう。しかし、今、それは、次第に表現の幅を広げ、このシリーズの1つのファクターとして定着しつつある。Vol.29『待ち望んだ突然変異』は、コンサートの入場者自体が多かったこともあり「声の展示」への観客の反応も高かった。「声の展示」自体が、では集客につながるのか、という疑問もそこにはあるだろう。しかしこのシリーズは公共ホールである豊中市立文化芸術センターの事業であり、その中でさまざまな文化芸術のジャンルを横断的に紹介することは、一時的な集客の多少を超えたホールの大きな目標と呼べるものではないか。事実、こうした2年間のホールの取組みが、今回の幻灯劇場公演『Play is Pray』の成功につながったものと私には思える。文化芸術というジャンルの中に何か新しいものが生まれる時、その背景にあるものは名前のつけようもないさまざまな要素の混交と試行錯誤である。日本センチュリー交響楽団というオーケストラの演奏を一方に置きつつ、その極めて近いところで、演劇と音楽の新しい表現が試みられているというのは、この一連の取組みにおけるホールの“姿勢の確かさ”を伝えているもののように私には思える。

「待ち望んだ突然変異」の展示の様子。「Play is Pray」にも出演した劇団・幻灯劇場の2人がパフォーマンスを行った
撮影 山本成雄

 コンサートのことが後回しになってしまったが、ではこうした試みを伴いながら、今年度、日本センチュリー楽団の演奏はどうであったか。これはいずれも記憶に残る素晴らしい演奏だったと言えると思う。現代作曲家・坂東祐大のギター協奏曲の初演という、いわゆる「名曲コンサート」らしからぬ冒険的なプログラムで始まった第26回、延原武春と小栗まち絵という、豊中ゆかりの2人の世界的な演奏家が円熟のメンデルスゾーンを刻んだ第27回、シューマンとブラームスの関係を中心に阪哲朗と菊池洋子が多彩な表現を聴かせた第28回。センチュリーはこれらのステージに2管10型という基本編成で臨み、彼らの持ち味である緻密なアンサンブルを聴かせてきた。そして、こうした中にあって指揮に秋山和慶、ピアノに亀井聖矢を迎えた今回は、それらを締めくくるにふさわしい充実した内容だったように思える。分けても秋山和慶というマエストロの並外れた力量に改めて感じ入ったステージだった。

撮影 山本成雄

 年齢を重ねるにつれてレパートリーを絞り、限られた作品を磨き上げてゆく指揮者も多い中で秋山の広汎なレパートリーには驚くばかりだ。今回は1曲目にホルストの『日本組曲』が置かれたが、こうした実演の希少な作品が「名曲コンサート」のプログラムに上ることからは、秋山とセンチュリーの確固とした信頼関係もうかがえる。2曲目、現在、若手ピアニストのトップを走る亀井聖矢とともに演奏したプロコフィエフのほとばしるようなダイナミズムはどうだろう。いや、傘寿を超えてこの作品を採り上げようという指揮者自体、多くはいないはずだ。しかもその演奏は巨匠が若い才能に胸を貸した、というような類のものではない。世代を超えて、音楽をともに創り上げることの喜びを分かち合うかのような瑞々しさに溢れたものだった。秋山の指揮は実にしなやかだ。秋山の中で円熟を究めた音楽がその躍動によって間断なくオーケストラに伝えられ、センチュリーの充実したアンサンブルとして展開されてゆく。後半のチャイコフスキーは、まさにそうした幸福な音楽の実現であったように思う。

 2023年度は前年度から始まった音楽と物語とのコラボレーションが、1つの結果を見た年であったと思う。コンサート当日「声の展示」が行われるホワイエには、今年度からは写真家・鈴木竜一朗氏の作品が展示され、とても風通しの良い空間が生まれている。こうした方向性は今後も続けられるというから、一定の時間のあと、それがどのような収穫となって現れるのかに期待したい。音楽や物語や美術、そうしたものを結び付け、新しく価値のあるものへとつなげていくのはホールの重要な役割であるからだ。そして私の希望としては、幻灯劇場とセンチュリーのメンバーによる『Play is Pray』の再演がそこに含まれていればうれしいと思う。

逢坂聖也
音楽ライター。大学卒業後、情報誌『ぴあ』へ入社。映画を皮切りに各種記事を担当する。現在はフリーランス
としてクラシック音楽を中心に音楽誌や情報サイト、ホールの会報誌などへの執筆を行っている。豊中市在住。

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