【公演レポート】センチュリー豊中名曲シリーズVol.25「100年後の楽しみ」

【公演レポート】センチュリー豊中名曲シリーズVol.25「100年後の楽しみ」

2023年05月06日

文筆家・評論家・音楽ファンなどそれぞれの視点から、主催公演を実際に鑑賞して記されたレポートをWEB上で共有するコーナー。2022年度のセンチュリー豊中名曲シリーズ4回目の公演、Vol.25「100年後の楽しみ」のレポートが音楽ライターの逢坂聖也さんから寄せられました。

                  ―2023.3.18(土) 15:00開演 豊中市立文化芸術センター 大ホール

©Masaharu Eguchi

 3月18日、豊中市立文化芸術センター大ホールで秋山和慶指揮、日本センチュリー交響楽団の豊中名曲シリーズVol.25『100年後の楽しみ』を聴いた。2022-23シーズンを締めくくる、コンサートと物語のコラボレーションの第4回。劇団幻灯劇場代表の藤井颯太郎氏が手掛けた作品は、年間テーマの「喜怒哀楽」から「楽」である。

 3時開演の予定だったのだが、その3分前に演奏開始を15分遅らせることが楽団長からアナウンスされた。最寄り駅、曽根に至る阪急宝塚線が事故により運転見合わせとなったためだ。チケットは完売ながら1割ほどの未着席が残っている。会場からはすぐに了解の拍手が起こった。当日の交通事情については省くが、すでに多くの人が入場していたことから私は結構、近隣からの観客が多いのかな、などと考えていた。

 前半のプログラムは交響曲『かちどきと平和』。1912年、26歳の山田耕筰がドイツ留学中に書き上げた、日本人作曲家による初めての交響曲である。第1楽章の序章のモチーフは『君が代』の一部から採られている。こう書くと大時代的な抹香臭い雰囲気が漂うが、そこに現れるのは馥郁とした香りを湛えたドイツ・ロマン派風の音楽である。弦のユニゾンで奏でられるこのモチーフが主部の第1主題へと引き継がれる。春の景色の中を行くようなセンチュリーの響きが印象的だ。ソナタ形式の第1楽章、優美なアダージョを変奏する第2楽章、2つの中間部を持ったスケルツォの第3楽章を経て、曲は堂々のフィナーレへと流れ込む。まだまだ実演の機会の少ない作品だが、その真価を十分に伝える演奏であったと思う。

©Masaharu Eguchi

 20分の休憩を挟み、プログラム後半の第1曲目はジョージ・ガーシュウィンの『ラプソディー・イン・ブルー』。1924年、これもまた当時26歳のガーシュウィンが、ジャズとクラシックを音楽の歴史の中で初めて融合させた作品だ。ピアノに迎える角野隼斗の人気は当日の盛況ぶりからもうかがえた。17連符をグリッサンドで駆け上る冒頭のクラリネットソロは、この曲のキャラクターを凝縮した部分である。これを大きく響かせて演奏が始まった。さらにミュートを用いたトランペットがソロを奏でると、オーケストラがピアノを伴いながら大きく膨れ上がり、ニューヨークの喧噪を思わせるあの主題へと展開してゆく。ジャズのタイム感を自然な呼吸で体現する角野のピアノが素晴らしい。独奏部分では次々とメロディを繰り出しながら、軽快にスイング。特に前半の、右手で鍵盤ハーモニカを弾きながらの1人コンチェルト(!?)には思いがけないブルージーな味わいがあった。ソリストアンコールは同じくガーシュウィンの『I Got Rhythm』。心地よくシンコペートするリズムに乗って、角野は表情豊かにピアノを歌わせる。客席も熱を帯び、演奏終了後には立ち上がって拍手を贈る人の姿も目立った。

©Masaharu Eguchi

 そして最後に演奏されたのがストラヴィンスキーのバレエ組曲『火の鳥』(1919年版)だ。20世紀の音楽の扉を開いた、とされるバレエ音楽『春の祭典』に連なる作品で、オリジナルのバレエが書かれたのは1910年、作曲者が28歳の年である。魔王カスチェイとイワン王子による火の鳥を巡る戦いの物語。神秘的な静けさを感じさせる前半と、一転して闘争の激しさを感じさせる後半の対比が印象的だ。ハープやチェレスタを伴い、演奏によってはロシア的な色彩感が強調される作品だが、この日の秋山和慶とセンチュリーの演奏は、すっきりとした見通しを持った現代的な洗練を感じさせるものであったように思う。そして終曲。どこまでも上昇してゆくような華やかな響きでコンサートは終了した。

©Masaharu Eguchi

 今回のプログラムはいずれも今から100年ほど前、若い作曲家が世界に向けて発信したそれぞれに画期的な作品で構成されている。『100年後の楽しみ』というコンセプトが活きた、親しみやすい内容であったと思う。そうした中に山田耕筰の記念碑的な『かちどきと平和』が置かれコンサートの意義を高めている。単なる名曲コンサートには終わらない「豊中名曲シリーズ」ならではの創意を感じる演奏会だった。

 今期のシリーズ全4回の集客が前年までに比べて好調だったのは、務川慧悟(P)、周防亮介(Vn)、角野隼斗(P)ら、人気の高いソリストの起用による部分が大きい。年末の第九を東京混声合唱団と共演したことも見逃せない。しかしこうした人選も含め、ホールとセンチュリーの取り組みがここへ来て一定の結果を生んだということは確かだろう。2017年、ホール開館とともに始まった豊中名曲シリーズだが、集客には常に苦しんでいた様子が見られた。特に初期においてはこの豊中市と近郊に住むどれほどの人たちが、センチュリーを地元に本拠を置くオーケストラとして認知していただろう。まずそこに住む人たちにセンチュリーの存在を周知することから、豊中名曲シリーズは始まったはずである。

 もとよりセンチュリーと豊中市は2012年に「音楽あふれるまちの推進に関する協定」を結び、これまでも「豊中まちなかクラシック」などの活動を通してパートナーシップを推進してきた。2020年には事務局が練習場のある緑地公園から岡町へ移転。このことはコンサートに直接の関係はないものの、商店街にセンチュリーを歓迎する幟(のぼり)が立つなど、地元のオーケストラとしてのアピールにつながった。こうした中、2022年には、首席客演指揮者である久石譲が大ホールに登場。豊中市制施行85周年記念事業として「久石譲×日本センチュリー交響楽団 豊中特別演奏会」を行い、センチュリーの実力と音楽の魅力を多くの観客に印象付けている。今期の豊中名曲シリーズの好調は、こうした活動の結実でもある。

 先に述べた電車の運転見合わせに際し、すで満席に近い客席を見て私が比較的近隣の観客が多いのではないか、と考えたのはそうした事情にもよる。もっともこれは必ずしも近隣からの観客が多いことだけを期待したわけではない。より重要なのは豊中名曲シリーズが、これまでにない地域に一定の観客を生んでいるかどうかである。今後、センチュリーにおいては、地元豊中でのこのシリーズの好調をザ・シンフォニーホールで行われている定期演奏会ほかへの集客に活かし、また逆の流れも創り出しながらクラシックの聴衆のより一層の拡大や成長に繋げてゆくことが目標の1つとなるだろう。

ホワイエでの「声の展示」の様子 ©Masaharu Eguchi

 またシリーズの目玉であるコンサートと物語のコラボレーションだが、私個人はもっと物語が主張した方が面白いのでは?と思っている。今回も劇団幻灯劇場の2人の役者による朗読が行われたのだが、場所がホワイエ奥であまり目立たない。せっかくのパフォーマンスなのだから、もっと楽しく聴いてもらえる工夫があってはどうだろう、と考えてしまう。そもそもクラシック音楽と朗読を組み合わせる意味を、理屈っぽく考え始めるときりがない。むしろ全体をエンターテイメントと考えて、豊中名曲シリーズの日にはこんな催しもあるよ、というように(場所もホールの入り口あたりで)積極的に打ち出していければもっと親しみやすいものができるのではないかと思う。さまざまな制約の中での企画ではあると思うが、ホールのプロデュース力に期待したい。

逢坂聖也
音楽ライター。大学卒業後、情報誌『ぴあ』へ入社。映画を皮切りに各種記事を担当する。現在はフリーランス
としてクラシック音楽を中心に音楽誌や情報サイト、ホールの会報誌などへの執筆を行っている。豊中市在住。

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