【公演レポート】TRANCE2023 ATMOSPHERE

【公演レポート】TRANCE2023 ATMOSPHERE

2023年02月09日

文筆家・評論家・音楽ファンなどそれぞれの視点から、当館主催公演を実際に鑑賞して記されたレポートをWEB上で共有するコーナー。
合唱指揮者、合唱文化研究者として活躍されている坂井威文さんから、先日開催された「TRANCE ATMOSPHERE」のレポートが寄せられました。

                   ―2023.1.22(日) 14:00開演 豊中市立文化芸術センター 展示室

 これまでになかった表現や同時代に生きるアーティストと協働して制作を行ない新たな文化・芸術的視点を広げることを目的とした、豊中市立文化芸術センターの「TRANCEシリーズ」。2019年の初回から現代音楽やクラブ・ミュージック、民族音楽など、これまで公立施設の主催公演として取り上げられるイメージがあまりないような挑戦的な企画を続けており、オープンからまだ日の浅い豊中市立文芸センターのイメージづくりに一役買っているシリーズである。これまでの「TRANCE MUSIC FESTIVAL」から「TRANCE」へ今回よりタイトルをリニューアルしたことで、音楽に限らずすべてのパフォーミングアーツが対象になった。今回、筆者が鑑賞(というより体験)したのは、2種類の公演が用意された「TRANCE 2023」のうち「ATMOSPHERE」(大気・雰囲気)と題された前半の公演だ。

 会場の展示室に入って着席すると、客席の視界前面に天井から大きな横長の紗が吊るされており、パフォーマンススペースと客席を隔てていた。照明が落とされ、白熱電球のような灯りでぼんやりと照らされた会場最奥部にまず浮かび上がってきたのは、パーカッション奏者・HAMAの姿だった。布の向こうの暗闇に目を凝らしながらしばらく演奏を聴いていると、客席後方より影絵師の川村亘平斎が現れる。白い布をスクリーン代わりとして、森の木々の影絵が投影された。二者のあいだを埋めるように、音楽パフォーマンスグループ・つむぎねが登場。手持ちのLED懐中電灯を点滅させつつ、森の生き物たちの鳴き声を模倣する。大掛かりな装置がなくとも想像力をかき立てられる舞台設定の提示だった。

 この日配られたパンフレットには「ワニを狩る ある夜のはなし」と題された、当センターにレプリカが展示されている「マチカネワニ」から着想を得たというストーリーが書かれていた。

とある密林の村では、長い間ワニ猟が盛んに行われている。
新月の夜になると、村人達はワニを狩るため、川へゆく。

けたたましく鳴き叫ぶ鳥、猿、虫。 
ゆったりと進む幾艘もの舟。

舳先に立つ男達の懐中電灯が漆黒の川面を照らす。

しばらく進むと、夥しい数のワニの群れが水飛沫を上げながら渦を巻いている。
渦の中心は青白く神々しい光を放っている。

慌てる幾人かの男達に、長老は言う。
「今夜は竜宮に住まいし女神さまの宴が催されているようだ。
何人も近づくことは許されぬ。今すぐ猟をやめ、引き返そう。」
長老の言葉を聞いて、男達は村へ引き返すことにした。
一人の若者を除いては。

渦巻く光に目を奪われた若者は、ワニの群れの中に何があるのか、
竜宮とは何なのか、知らずには居れなかった。
仲間たちが引き留めるのも聞かず、若者は渦の中へと飛び込んでいった。

館内に展示されているマチカネワニのレプリカ

 切れ目なく続けられた次の場面では、ここまでスクリーンとして使っていた布が取り払われ、そのまま川の見立てとなった。つむぎねが口ずさむ「♪どんぶらこ…どんぶらこ…」のような歌詞に思わず頬を緩める。この前後から影絵は部屋全体の四方の壁にも拡がる。
 そしていよいよワニの出現。ここまでシリアスだった雰囲気が一気にコミカルに転じた。「♪ワーニワニーワニ……」という歌詞を繰り返すこの部分のテーマ音楽はしばらく耳に残って離れなさそうだ。やがて、ワニの被り物をした川村とつむぎねのメンバー1名のコンテンポラリーダンスの応酬となる。筆者はこれまで影絵を「手持ちの小物を固定した照明源から映すもの」という認識で捉えていたが、川村自らが影絵の登場人物となって動きながらワニを演じる様子や、手持ちの懐中電灯でさまざまな効果を生みだしながら相手を照らす様子は、影絵という分野の認識を改めざるをえない体験だった。

 前掲のストーリーには結末がはっきりと書かれていないが、ラストはつむぎねのメンバーが車座になり吐息とも嘆きともとれるような声の場面。結末は聞き手の受け取り方次第、ということであれば、筆者には若者への弔いのシーンのように感じられた。カーテンコールは全員でワニのテーマ曲。

 外に出るとまだまだ冬の陽射しが明るく、約1時間程度の小旅行だったようだ。この日は他にも催しものがあったようでロビーには多数の人間が滞在していた。日常から壁1枚隔てた隣で不思議な物語が繰り広げられていたとは思うまい、などと考えていると、先ほどまでの体験を自分だけの秘密にしておきたいが誰かにこっそり教えたいというような、矛盾した感覚に襲われた。まるで自分が奇妙な世界に迷い込んだかのようだった。これが「TRANCE」の効用(高揚?)だろうか。

 公演を通して筆者が特に注目したのは、つむぎねの高いアンサンブル能力だ。前回の「声のTRANCE つむぎね モ リ ニ ハ イ ル」(2020年10月開催)でもその実力を充分窺い知れたが、今回は前出のダンスやケチャ風のアンサンブルなど、つむぎねの「動」の引き出しも新たに知ることができた。
 かなり尖った公演だが、筆者としては非常におもしろかった。ただもしかすると、「公立施設の主催公演はカタイもの」という固定観念を持った人や、普段からホールに足を運ぶ人ほど、こういった未知の体験への最初の一歩を踏み出しにくいのかもしれない。逆に、そういった先入観がない子どもの方が受け入れられる気がした。今後そのような層の取り込みに向けて、例えば学校へのアウトリーチやエントランスでの無料の予告編の上演などの仕掛けがあってもよいと感じた。体験さえすれば、おもしろさがきっと伝わるタイプのものだから。
 今回の公演は、一般的なホールの舞台よりも奥行きのある展示室を、客席のすぐそばから奥まで空間をフルに使うことで、遠近感がありつつも客席と舞台が一体となった体験を提供していた。また視覚効果だけではなく、生演奏の音楽もその没入感を高めていた。コロナ以降、さまざまな配信サービスや技術の進歩などで家にいながら極めて質の高い体験が可能となっている。しかし、こういったその場でしか味わえない「ATMOSPHERE」を共有することこそが、劇場に足を運ぶ意味だと思う。「TRANCE 2023」では、もう一つの公演「CHAOS」が2月10日に行なわれる。

文・坂井威文
合唱指揮者、合唱文化研究者。大阪音楽大学ミュージックコミュニケーション専攻を優秀賞を得て卒業、同大学院音楽学研究室修了。現在、同大学研究生。現在、豊中などで8つの合唱団の指揮・指導を行なっている。大阪府合唱連盟・関西合唱連盟主事。

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