【公演レポート】センチュリー豊中名曲シリーズVol.23「夜、でしゃばる悲哀」

【公演レポート】センチュリー豊中名曲シリーズVol.23「夜、でしゃばる悲哀」

2022年11月30日

文筆家・評論家・音楽ファンなどそれぞれの視点から、当館主催公演を実際に鑑賞して記されたレポートをWEB上で共有する企画。7月に公開した初回に続き、豊中在住の音楽ライター逢坂聖也さんからセンチュリー豊中名曲シリーズVol.23「夜、でしゃばる悲哀」のレポートが寄せられました。

                  ―2022.10.29(土) 15:00開演 豊中市立文化芸術センター 大ホール

撮影 飯島隆

 10月29日、豊中市立文化芸術センター大ホールで、日本センチュリー交響楽団の豊中名曲シリーズVol.23『夜、でしゃばる悲哀』を聴いた。コンサートと物語のコラボレーションの2回目。年間テーマの「喜怒哀楽」から、今回のテーマは「哀」である。

 ホールの会報誌「アペリティフ」ほかに掲載された藤井颯太郎氏の物語は、夜の海辺で出会った少女の「私」と男の子の会話を描いている。そこにあるのは愛猫を失った「私」の哀しみと再生の時間だ。「私」の心象を照らすようにきらめく海の描写が美しい。「哀」の感情をもとに、音楽もまた海のイメージを共有する内容となった。今回の指揮者、角田鋼亮と日本センチュリー交響楽団が選んだのはフランスの作曲家、ドビュッシーの管弦楽作品『ノクチュルヌ』から『雲』と『祭』、ロシアのグラズノフのヴァイオリン協奏曲、そして再びドビュッシーの交響詩『海』。いずれも19世紀末から20世紀初頭にかけての作品だ。

 公演に先立ち、9月16日には「角田鋼亮レコメンド~私の1枚~」と題したトークイベントが行われた。これは今回演奏するドビュッシーとグラズノフの作品を、指揮者である角田自身がこれまで聴いて来たCDやレコードの中からセレクトして紹介。会場でその音源を聴きながら、作品の魅力や聴きどころを探ろうという試みだった。指揮者が自分の音楽体験や実際の指揮の現場におけるエピソードを織り交ぜながら語る機会は珍しいが、司会進行を務めた音楽評論の小味渕彦之氏の質問、そして角田鋼亮の率直で丁寧な語り口によって、聴きごたえのあるトークイベントとなっていた。その中で『夜、でしゃばる悲哀』というテーマから自由に連想した要素として、角田はドビュッシーの色彩感を挙げた。そして『祭』の中間部を例に「色彩感が立体的に浮かび上がってきて、色がでしゃばって来るようなイメージ」と語り、今回のテーマと作品の親和性を示したのである。繰り返しになるが、指揮者が音楽にまつわる思考や体験を公開の場で語る機会は少ない。第1回目の現田茂夫と藤井颯太郎氏の対談や今回の角田鋼亮のトークイベントは、演奏会にテーマを持たせることでその機会を可能にしたものだ。今年度の豊中名曲シリーズの1つの成果ではないかと思う。

関連企画「角田鋼亮レコメンド」の様子(2022.9.16)

 コンサートは午後3時から始まった。拍手がセンチュリーと角田鋼亮を迎える。指揮棒を持たない角田の両手がゆっくりと持ち上げられると、木管の低い響きがホールを満たし始める。『ノクチュルヌ』より、ドビュッシー自身が「空の不変の情景」と呼んだ『雲』の導入部だ。その響きはフルートへ、そしてハープを伴いながら生成、減衰し、やがて弦のピチカートで終わってゆく。独特の翳りを帯びた余韻の中、続いて始まった『祭』では一転しておどけたようなリズムが響き渡る。角田の右手にはいつの間にかタクトが握られ、モノクロームの印象だった前曲とは対照的な色彩感を際立たせてゆく。そして中間部、「色がでしゃばってくるようなイメージ」と語った部分では、遠くから近づく行列のリズムが祭りの響きとまじり合い、汗ばむようなクライマックスを創り上げた。

撮影 飯島隆

 『ノクチュルヌ』には、実はもう1曲、女声合唱を伴う『シレーネ』が含まれるのだが、今回は演奏されず、そこにある「海」のイメージは後半の交響詩『海』へと引き継がれた。客席にもすでにかすかな熱気が感じられる中、今回のソリスト、周防亮介が登場。グラズノフのヴァイオリン協奏曲が始まった。繊細なイメージのある周防だが、冒頭のイ短調の主題を思いのほか重量感を湛えた音色で開始。ロシア的な憂愁を秘めながら、野趣もたっぷりと感じさせる鋭い響きで前半を駆け抜ける。そんな周防に対し、角田&センチュリーは巧みなバランスで音楽を付けていく。ソリストへの共感に溢れ、しかも音楽の機能的な側面への目配りも失わない角田の力量を感じさせる演奏だった。第2楽章に当たる中間部は、ほぼ全編がカデンツァ。重音が連続する技巧的なソロを、周防は実演ならではの迫力で紡いでゆく。そしてトランペットがロンド主題をファンファーレ風に響かせると第3楽章に突入。緊張感はほどけ、ヴァイオリンとオーケストラが一体となった陽気な響きが幾重にも奏でられてゆく。グロッケンシュピール(鉄琴)やトライアングルのきらきらした響きも印象的で、温かな充実感が心に残る演奏となった。拍手の中、ステージに呼び戻された周防はアンコールにJ.S.バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番からサラバンドを演奏。前半を鮮やかに締めくくった。

撮影 飯島隆

 後半に置かれたドビュッシーの交響詩『海』は3つの楽章に分かれる。それぞれの標題は「海上の夜明けから真昼まで」「波の戯れ」「風と海の対話」である。第1楽章の始まりを告げるのは低弦とティンパニ、そしてハープだ。このうごめくような響きが各楽器に引き継がれ、曲が次第に全容を表すのである。こうしたドビュッシーならではの方法を、今日、私たちは前半の『ノクチュルヌ』ですでに経験している。交響詩『海』冒頭の独特の響きを、ある種の既視感を以って聴き取れたのは、このプログラムの工夫にあるのかも知れない。曲を形作る小さな細胞を角田は大きく全身を使いながら掬い取り、そこに潜むさまざまな旋律に光を当てていく。特に中盤、ペンタトニックの東洋的な響きが大きく鳴り響くあたりは、この楽章のハイライトであったかも知れない。

撮影 飯島隆

 私はそれまで忘れていたのだが、角田は先のトークイベントの中で「センチュリーとのここまで本格的な共演は今回が初めて」と語っている。だが、それはすでにひとつの邂逅ともいえる演奏を生んではいないか?色彩感の表出に長けた角田は、センチュリーという音のパレットから存分にその音色を引き出している。第2楽章ではその色彩が絶え間なく明滅し、跳ね回るような生気に溢れた表情がのぞく。そして第3楽章、曲は加速し、第1楽章で聴かれたさまざまな響きが戻って来る。角田の全身の動きに反応するようなセンチュリーのダイナミズムが壮観だ。弦楽器と管楽器が互いに抗うような響きを鳴らしながら大きく盛り上がり、その頂点で一瞬にして曲が閉じられた。

 拍手がホールを包んだ。快心の演奏だったと思う。今年度、冒険的な試みの中で、豊中名曲シリーズがこうした演奏を生んでいることは大きく評価されるべきだろう。角田鋼亮とセンチュリーは、アンコールにドビュッシーの小組曲より『バレエ』を演奏。こうしてコンサートは終了した。次回への期待につながる充実した時間だった。

 今回のプログラムノートには表紙や見出しなどにマリンブルーの色合いがあしらわれていて、とてもきれいだ。それは「哀」の感情から始まった物語や、夜や海のイメージ、そして角田鋼亮のトークやコンサート本番に至る流れの記録でもある。この一連の流れの中で、1つだけ、私が物足りなさを覚えているのが、物語の「朗読」の部分だ。コンサートの始まる前、約30分くらいの間にホールホワイエ奥で“声の展示”として『夜、でしゃばる悲哀』の朗読劇1が行われたのだが、これがあまり目立たず、そのためか、全体の中での位置づけがもうひとつあいまいに感じられた。もとよりコンサート会場で音楽以外のものを聴きたくはないという人もいるだろう。しかし、そうした人への配慮は十分行われているようにも感じられたし、今後はもっと多くの人に聴かれる工夫があっても良いのではないかと思っている。音楽をより深く聴くきっかけや、音楽を語るきっかけは、そんなところにもあると考えるからだ。

1 朗読:今井秋菜 鳩川七海(幻灯劇場)

朗読の様子 撮影 飯島隆

当日配布したプログラム

逢坂聖也
音楽ライター。大学卒業後、情報誌『ぴあ』へ入社。映画を皮切りに各種記事を担当する。退社後はフリー。クラシック音楽を中心に音楽誌や情報サイト、ホールの会報誌などへの執筆を行っている。豊中市在住。

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